平成29年11月24日参拝
無人社
国指定重要無形文化財 阿蘇の農耕祭事(火焚き神事)で有名な神社。
鬼八の恨みを鎮める火焚の神事は、昭和初期まで59日間もの間「火焚き乙女」が祖母の介添えを得ながら行っていたそうです。
「火焚き乙女」の為に火焚き小屋に教師もやってきて、火の世話をする少女の勉強を世話していたと、地域が一丸となって協力し合い大切にしてきた国の無形重要文化財です。
鬼八とは、阿蘇大明神こと健磐龍命(たていわたつのみこと)が弓の練習をしていた時に最後の100本目の矢を拾って戻すのが面倒臭くなって、矢を命に蹴り返した為に、怒った命に首を切り落とされた家来で、その恨みを霜を降らせて農業に被害を出すことで晴らそうとしました。その祟の効果はてきめんで、困った命が、社を立てて祀るから許せと言って、霜神社を建立したのが霜神社の始まりと伝わっています。
その社を立てる際に「切られた首が痛い」と嘆く鬼八を慰めるために、火を焚いて温めたのがこの火焚の神事の始まりと言われています。
古くから霜の害を防ぐために田畑の周辺で一定期間、かがり火を焚く行事は、農業としても祭事としても日本各地で行われて来ましたが、神事として現代まで残っているのは凄いことだと思います。