ここも山道が険しく、辿り着くにはきついものがあります。ただ、その分神秘的な雰囲気は群を抜いています。夜遅くにも関わらずご住職にはご朱印の対応をして頂きとても助かりました。ここから眼下に見下ろす景色はすごいの一言です。ただ、こんな山のてっぺんにも自販機があるのには驚きました。サントリーってスゴイ。
「靈山」は「reizan」でなく「ryozen」と讀みます。天竺の靈鷲山に似てゐるから、と云ふことらしい・・・ 幽靈や物の怪が出る譯ではありません。十一面觀音菩薩樣をお祀りする古刹ですが、拜觀は出來ませんし、夏場に行くと藪蚊の餌食になるので、御注意下さい。良いところは・・・ 下から登る途中、景色の良いところがあります・・・
自転車で上の展望台まで行くのに立ち寄りました。住職の方がとても優しく、お寺のお水をいただきました。ゆっくり休める場所だと思います。
途中景色がとてもいい場所があるので、そこも見どころです。
九州西国三十三観音で参拝に来ましたが、南新四国霊場第二番でもあるそうです。
飛来山霊山寺天台宗
「靈山」は「reizan」でなく「ryozen」と讀みます。天竺の靈鷲山に似てゐるから、と云ふことらしい・・・ 幽靈や物の怪が出る譯ではありません。
十一面觀音をお祀りする古刹ですが、拜觀は出來ませんし、夏場に行くと藪蚊の餌食になるので、御注意下さい。
良いところは・・・ 下から登る途中、景色の良いところがあります・・・
霊山(600メートル)山麓の登山口から舗装された参道を登って行くと、その中腹 三六Oメートルの地点に霊山寺が建っている。伝えるところでは、和銅元年(708)、 山麓の稙田荘の豪族祐世がこの山中で十一面観音を感得、草庵を建てたのがはじまり という。 その後、インド僧那伽法師が来朝された際、この山の姿が釈尊が法華経や阿弥陀経 を説かれたインドの霊鷲山にそっくりなのに驚き、「霊鷲山の一角が日本に飛んで来 たのではあるまいか」と、その奇しき因縁から伽藍を造営、「飛来山」の山号をつけ たと伝える。 また、ここには、天台宗開祖である伝教大師最澄や弘法大師空海、慈覚大師円仁な ども来錫され、弘仁五年(814)に伝教大師が再詣されたのを縁として、天台宗寺院 となった。 文永五年(1268)の火災で堂塔伽藍は焼失するも本尊は難をのがれたといい、大友 氏の外護もあって、その後一大祈願所として復興。また、天正年間(1586~7)の豊 薩の乱で観音堂を残すのみとなったが、、元和九年(1623)、越前より流された松永 忠直(一伯)により、本堂、山門、鐘楼が再建された。 本尊は秘仏だが、毎月旧十七日にご開帳されている。正月をはじめ年間を通し多くの参拝者が来ている。とても力のある観音様である。
12月31日の深夜11時からは除夜の鐘をつきに来る参拝者の為に、心ばかりの炊き出しと寺院を竹灯籠が幻想的に見せる。