Minnesota, United States, page #14,736

ミネソタ大学ツインシティー校は、アメリカ合衆国ミネソタ州最大の都市ミネアポリスと同州の州都セントポールにまたがって本部を置く、同国最大の研究機関型州立総合大学の一つである。ミネアポリスとセントポールの二都市を中心とした大都市圏が「Twin Cities(=双子都市)」と呼称されるため、学校名も「ミネソタ大学ツインシティー校」という。1851年に設置された。大学の略称は「U of M」、「UMTC」。同州のミネソタ州立大学(w:Minnesota State University)とは別の大学組織である。ツインシティー校はミネソタ大学(The University of Minnesota)の旗艦校(本校)であり、ツインシティー校、ダルース(Duluth)校、モーリス(Morris)校、クルークストン(Crookston)校、ロチェスター(Rochester)校の5校からなる、ミネソタ大学系列の中で最古かつ最大の大学である。州立大学の大学として「パブリック・アイビー」の一つに数えられることもある。医療、理工学の研究実績で名高い。1908年より、北米トップレベルの研究型大学で組織されるアメリカ大学協会(The Association of American Universities, AAU)に加盟している。これまでに9名の卒業生、15名の教授がノーベル賞を受賞、86名のグッゲンハイムフェローをはじめ、数多くの分野にわたり人材を輩出してきた。総学生数は50,678人(2015年統計)で、その規模と同時に17対1の学生対教員の比率が保たれ充実した教育・研究機関としても知られる。143の学部の学位と150の大学院の学位を授与している。国際交流にも力を入れており、日本の一橋大学、名古屋大学、広島大学、上智大学をはじめ、海外250校以上の大学との交換留学プログラムを有する。沿革ミネソタ大学は、ミネソタ州が正式に第32番目の州になる7年前の1851年にプレパラトリー・スクール(Preparatory school)として設立されたが、南北戦争の間は財政難の為一時閉鎖に追い込まれた。しかし、後に「ミネソタ大学の父」として知られるミネソタの実業家兼政治家、ジョン・ピルスベリー(John Sargent Pillsbury)の援助を受け、1867年に再開した。ピルスベリーはミネソタ大学がランドグラント大学(w:Land-grant University)としての指定を受けられるよう尽力し、ミネソタ大学は1869年12月22日にウィリアム・フォルウェル(w:William Watts Folwell;1833-1929)の初代学長就任と共に正式に大学へと昇格を果たした。そうした経緯を経て、ミネソタ大学は古くからランドグラント大学の一つとして知られている。 ミネソタ大学はランドグラント大学として連邦政府からの土地と財政面の大きな支援を背景に、州政府指導の下、特に農学や工学の理工系分野の実用的な教育・研究を奨励した。元々そうした分野はミネソタ州の産業と深く結びついていたこともあり、地域のニーズに合致し、学生数の飛躍的増加と共に大学と州の産業の大きな発展につながった。 ちなみに、近年では、ミネソタ大学はスペースグラント大学(Space-grant college)にも認定されており、航空宇宙工学の分野においても米国における中心的な教育・研究機関の一つとして位置づけられている。. [read more]