Other, Russia, page #25,566

知取町(しるとるまち)は、日本の領有下において樺太に存在した町(指定町村)。知取という地名は、アイヌ語の「シル・ウトル(シリ・ウトル)」(土地の中間、山と山の間)、「シロトロナイポ」(村と村の間の沢)に由来。当該地域の領有権に関する詳細は樺太の項目を参照。現在ロシア連邦がサハリン州マカロフとして実効支配している。概要 樺太東海岸に位置していた。 町内を流れる知取川が、製紙原料となる原木を流送するために利用されていた。 町内には遊山閣という鉱泉があり賑わっていた。 知取区裁判所の所在地であった。歴史 1915年(大正4年)6月26日 - 「樺太ノ郡町村編制ニ関スル件」(大正4年勅令第101号)の施行により、東知取村、東柵丹村が行政区画として発足。新問郡に所属し、豊原支庁元泊出張所が管轄。 1922年(大正11年)10月 - 所属郡が元泊郡、管轄支庁が元泊支庁にそれぞれ変更。 1923年(大正12年)4月1日 - 東柵丹村が東知取村に合併。 1924年(大正13年) - 知取炭鉱が操業を開始する。 1927年(昭和2年) 1月 - 富士製紙(後の王子製紙)知取工場が操業開始(現在も操業している)。この後、鉱工業の町として急速に発展した。 樺太鉄道(株)により鉄道が開通。知取駅は当時日本最北端の駅であった。 1942年(昭和17年)11月 - 管轄支庁が敷香支庁に変更。 1943年(昭和18年)4月1日 「樺太ニ施行スル法律ノ特例ニ関スル件」(大正9年勅令第124号)が廃止され、内地編入。 指定町村となる。 1949年(昭和24年)6月1日 - 国家行政組織法の施行のため法的に樺太庁が廃止。同日知取町廃止。. [read more]