Saipan, Northern Mariana Islands, page #18

サイパンの戦い(サイパンのたたかい)は、太平洋戦争(大東亜戦争)中、1944年6月15日から7月9日に行われたアメリカ軍と日本軍のマリアナ諸島サイパン島における戦闘。斎藤義次中将が指揮する第43師団を主力とした日本軍が守備するサイパン島に、ホランド・スミス中将指揮のアメリカ軍第2海兵師団、第4海兵師団、が上陸し、戦闘の末に日本軍は全滅した。このサイパンの戦いにともない、海上ではマリアナ沖海戦(6月19日〜20日)が発生した。背景日本軍の事情1943年(昭和18年)から1944年(昭和19年)前半にかけて連合国軍はソロモン諸島、ギルバート諸島、マーシャル諸島に侵攻し、ニューギニア島北岸を東から西へと飛び石作戦で攻略しつつ、カロリン諸島、パラオ諸島、マリアナ諸島へ迫った。マリアナ諸島は、アメリカ軍の新型爆撃機B-29が展開すれば東京など日本本土の大部分を攻撃圏内に収めることができる位置にあるため、戦略的に重要であった。アメリカ軍は中国の成都市にもB-29を進出させており、1944年6月16日の八幡空襲を皮切りに日本本土空襲を開始する直前の状態であったが、成都からでは九州など西日本の一部しか攻撃できなかった。もし、マリアナからの本土空襲が始まれば日本は関東の工業地帯を破壊され、さらには民間人に大量の死者を出すことや国民の士気が低下して戦争継続が困難となることが予想された。. [read more]