2017.11.23参拝 御朱印頂きました。海に近いので海上安全の灯篭がありまして、思わず写真撮りました。願いが叶うお守り、タコの刺繍が面白かったのでつい授与して頂きました。
豊後水道のこの場所は、速吸瀬戸(早吸門)といった。神社名となっている早吸日女(はやすいひめ)は、現在の祭神には含まれていないが、「速来津姫」という名で、『肥前国風土記』に登場する。速来津姫が自分の弟の建津三間等に三種の玉を景行天皇に献献上させた。また、『豊後国風土記』では、景行天皇が熊襲親征で海部郡(大分佐賀関)宮浦に停泊された時、 その村の長・速津媛が来て、この山に鼠の岩屋に土蜘蛛の青と白、また、直人の郡祢疑野に打猿、八田、国摩侶が住んでいると奏上し、天皇は土蜘蛛達を討伐した。これによって名を速津媛の国、後に速見の郡になったという。
神武東征の逸話に纏はる延喜式内社。本殿は一寸「ペンキ塗り立て」の感もありますが、拜殿は歴史を感じさせる立派なもので、一見の價値があると思ひます。大分縣で藤棚と云ふと西寒多神社が有名ですが、こちらの藤棚も負けず劣らず綺麗なので、黄金週間前后に訪れるのも良いでせう。
八十枉津日神(やそまがつひのかみ)、大直日神(おおなほびのかみ)、住吉三神(底筒男神(そこつつおのかみ)、中筒男神(なかつつのおのかみ)、表筒男神(うはつつのおのかみ))、大地海原諸神(おほとこうなはらもろもろのかみ)を祀る。
神武東征の逸話に纏はる延喜式内社。
本殿は一寸「ペンキ塗り立て」の感もありますが、拜殿は歴史を感じさせる立派なもので、一見の價値があると思ひます。
大分縣で藤棚と云ふと西寒多神社が有名ですが、こちらの藤棚も負けず劣らず綺麗なので、黄金週間前后に訪れるのも良いでせう。
はやすいひめ神社
(創祀)皇紀前7年 西暦前667年
日本書紀がここを通ってから7年目に即位されたと書いたから、前7年と記したのは当然だが、西暦としてそれに660年加えて前667年と記してある。
(記録)神武天皇東遷の途路、速吸の瀬戸において、海女黒砂(いさご)、真砂(まさご)が改訂より取り上げて奉献した剣を神体として、古宮の地に、天皇御自ら祓戸の神を奉齋し建国の誓願を立てらる。珍彦(うずひこ)命当地より水先案内をせられ、大和国に至り手、国造に任ぜられる。
@古代日本正史 原田常治著 P416
境内社に海の神様として厳島姫(市杵島姫)がお一人だけで祀られている。
「神武御東遷(御東征ではない)のみぎり」と記されている。
@古代日本正史 原田常治著 P319